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愛あるコミュニケーション

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Mちゃんの解放セッションの帰り道

Mちゃんには、もっと自分の気持ちを伝えていいのよと話したけど
じゃあ、私は伝えているのかな?と自分に向けました。

自分の希望と相手の喜びが一致する時は言葉にして伝えやすいけど

それが、クレームだったり理解してもらえなさそうなことは
あまり伝えていなかったりしてます(^_^;)

エンパスゆえ、争いが苦手だし
時には、相手の気持ちの強さに占領され自分の意見が言えなくなったりもする私です(^^;)


特に苦手なのがうちのだんなさん(笑い)
見える世界しか信じていないので
愛や光などと言うと、それは宗教だと言い
祈りや言葉でお腹はいっぱいにならないと言い
天使からのメッセージなんて言うと、そんなことを言ってると世間から相手にされなくなるよ
と言われます(爆笑)


もうすっかり慣れましたが
あまりに住む世界が違うので話しても解ってもらえないし
何か求めるにも、私もできていないことが多いから、まぁいっか~と我慢したり・・・・してしまいます。

ほんとは奥様は翼の生えた魔女なんですけど(あはっ)
ドジでグズな役にたたない主婦だと思われているしね。。。(^_-)


でも、このかなり難易度の高いパートナーがいるおかげで
本当の意味で「自分を大切にする」ということを深く学ばせてもらっているのだなと思っています。     


夫はやはりある意味、私の鏡なんですね。
私が精神世界に傾いている分だけ、彼は現実にどっぷりつかる。
どちらが良い悪い、正しい間違いで見ている時は苦しくなるけれど
私が、ありのままの自分を心から受け入れていると、夫のすべてがそのままでオッケーと思える。


なぜ、この人は見えるものしか信じられないんだろう?と非難しているうちは
自分が辛くなるけど
(人を責めている=自分を責めている)

目に見えない世界は目に見える世界を包括しているから
私のほうが、見えるものしか信じられない夫のことが見えている分受け止められるし
見えている自分をありがたいと思える。


でも、もっと高い視点から言えば
私が深く自分を知り深く学びたい魂だったから、彼はその相手になってくれたんだろうし
彼の魂が、人間として見えない世界を知ってぐんと自分を高めていくために
私を選んだのかもしれないし・・・・

私たちが認識している「自分」なんて、鉛筆の先っぽの芯ぐらいのもので
私たちの本質は大いなる存在と繋がっているのですものね。

               
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「自分を大切にする」というのは、意識を中庸、ゼロ位置に置きながら
愛の気持ちで、自分や相手の感情や考えを受けとめてあげる(楽しむ)ことなんだなって
この頃思っています。


まだいつもこの状態をキープできているわけじゃないけど
これができると、エンパスでいることはすごく便利で楽しい気がします。。。


前は、やっとのことで(夫に)自分を伝えても、反発されて受け止めてもらえなかった
それは、私の中に自分が真実だという押しつけがあったからかもしれない。
でも、見えない世界がまだ夫には見えていないのだから
彼の主張もまた、彼にとって真実なんですよね。


同じ言葉、同じ内容でも
今の私がゼロ位置から愛を持って伝えるなら、前とは違う反応が返ってくるかもしれない。


自分の住んでいる世界と
相手の住んでいる世界の違いを受け入れ楽しみながら
もう一度、愛あるコミュニケーションをとってみたらどうかしら・・・・と

Mちゃんのセッションは私に教えてくれました。
 
 
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